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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1401号 決定

債権者

酒井繁

債権者

小原誠

債権者

中村勝男

右三名代理人弁護士

芝原明夫

斉藤真行

越尾邦仁

債務者

山利運送株式会社

右代表者代表取締役

樋川実

右代理人弁護士

黒川勉

主文

一  債権者らが債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し各金一二〇万円及び平成六年九月から本案の第一審判決が言い渡されるまでの間、毎月末日限り、債権者酒井繁に対し金二八万八〇〇〇円、債権者小原誠に対し金二五万円、債権者中村勝男に対し金三二万円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債務者は、債権者らを債務者の従業員として仮に扱え。

二  債務者は、債権者らに対し、平成六年三月から毎月末日限り、別紙「債権目録」記載の金員を仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、運送業等を営む会社であり、債権者小原は昭和六二年三月二三日、債権者中村は昭和六三年四月一五日、債権者酒井は昭和六三年一〇月四日、債務者に入社し、運転手として稼働してきたものである。

なお、債権者らは、平成六年一月一〇日、総評全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下「連帯支部」という。)に加盟し、同支部の山利運送分会(以下「連帯分会」という。)を結成し、債権者酒井は連帯分会分会長として、債権者中村は同副分会長として、債権者小原は同書記長として、組合活動をしてきた。

2  債務者と連帯支部は、平成六年三月三一日、〈1〉債務者は、連帯支部の存在を尊重し、双方の協力関係を確立する、〈2〉債権者らは、同年三月三一日をもって円満退職する、〈3〉債務者は、債権者らに対し、各金一〇〇万円を支払う、旨の協定を締結した。

3  債務者は、債権者らに対し、平成六年四月一四日、債権者らが、債務者と連帯支部との合意により、平成六年三月三一日をもって円満退職した旨の通告書を送付した。

二  争点

連帯支部は、債権者らから、退職について合意する権限を与えられていたか。

第三当裁判所の判断

一  債務者は、連帯支部が債権者らから、債務者との交渉を一任され、退職等について合意する権限を与えられていた旨主張する。

しかしながら、確かに、疎明資料によると、債権者らは、会社の同僚に対し、平成六年二、三月ころ、債務者から高額な退職金を取って会社を辞めるつもりだと漏らしていたうえ(〈証拠略〉)、同年三月九日ころ、連帯支部の意向調査に対し、「金額について納得できるものが会社からでればそれに応じる。」と回答しているばかりでなく(〈証拠略〉)、同年三月二八日の団体交渉の場においても、条件次第では退職してもよいと発言していたもの(〈証拠略〉)と一応認められるが、右事実をもってしても、債権者らが連帯支部に対し、会社との交渉を一任し、退職等について合意する権限を与えていたとは認め難い。債権者らは、連帯支部に対し、債務者との交渉は委ねていたものの、退職の条件について、一任していたわけではなく、連帯支部において債務者と合意するについては、債権者らの承諾を得る必要があつたものというべきであるが、債権者において、承諾を与えた事実はない。連帯支部の執行委員長武健一の陳述書(〈証拠略〉)には、債権者らの意思を確認した旨の記載はあるが、(1)債権者らが連帯支部のやり方に不満を持ち、ほどなく連帯支部を脱退していること(〈証拠略〉)、(2)その後に行われた債権者酒井との話し合いにおいて、武は、組合の方針であることのみを強調し、債権者らの意思を確認したとは述べていないこと(〈証拠略〉)等に照らすと、武の陳述書は採り得ない。

なお、債務者は、債権者らが連帯支部に対し、退職等について合意する権限を与えていたかどうかは債権者らと連帯支部との間の内部的な問題であり、退職の合意は有効である旨主張するが、労使間の協定といえども、退職等雇用契約の根本に関する事項については、債権者らの個別具体的な合意がない限り、個々の労働者に対し効力を有するものではないから、右主張は採り得ない。

二  保全の必要性について検討する。

疎明資料によると、債権者らは、債務者から、平成六年二月まで、別紙「債権目録」(略)記載の賃金の支払を受けていたものであって、いずれも右賃金を唯一の収入源として生計を営むものであるところ、債権者らの家族構成、今日の経済情勢、その他本件記録から窺える一切の事情を考慮すると、その生計を維持するためには、債権者酒井については月額二八万八〇〇〇円(ほぼ同債権者主張の生活費に住居費三万円を加算したものである。)、債権者小原については月額二五万円(ほぼ同債権者主張の生活費である。)、債権者中村については月額三二万円(ほぼ同債権者主張の生活費である。)が必要というべきであり(〈証拠略〉)、その余の必要性については疎明がない(なお、仮払いの終期は、本案の第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間についての仮払いを認める必要性はない)。

また、債権者らが求める仮払金のうち、既に支払時期を過ぎた分(平成六年三月から同年八月分)については、本件記録から窺える一切の事情を考慮すると、いずれの債権者についても合計一二〇万円(一か月当り二〇万円)の仮払いが相当というべきである。

三  結語

以上によると、本件各申立ては、前記二の限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し(なお、事案の性質上、担保は立てさせない。)、その余は理由がないからこれを却下し、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤嘉彦)

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